ripsh


携帯らっと
11-3



 ミカはぴよらっとと話しながらも、心の内にじわじわと忍び寄る焦りを感じていた。
 視線の先には、無邪気そうに笑う少女の姿。細く小さな体は触れれば簡単に壊れてしまいそうだ。
 しかし、その華奢な手、その小さな爪のひとつひとつは、千の時の中で研磨に研磨を重ねられてきた凶器に違いなかった。
 この少女……リリィさえいなければという思いが一瞬ミカの頭をよぎった。生ける伝説とも言えるエルダー・ヴァンパイアとはいえ、ミカならば倒すことも不可能ではないかもしれない。ただしその代償は死などという生ぬるいものでは済まないだろうが……。
 そこまで考えて、ミカは内心で苦笑した。仮にリリィを倒したとして、それで一体何が解決するというのだろう。それに、自分はもうゴルドと知り合ってしまった。彼に対する感情のレベルは既に一定のポイントを超えてしまっている。正義の優先順位からすると、ゴルドの闇の母であるリリィに対しても、既に純粋な敵対行動は取れなくなっているのである。
 ミカは正義だけを頼りに生きてきた。どんな世界に立たされようとも、決して戸惑うことはなかった。理不尽に、身勝手に、何度戦いの中へと突き落とされようとも、ただただ愚直に正義を振りかざしてきた。
 そして……その度に敗れてきた。
 ただ一度の例外もなく、彼女は負け続けてきた。
 ミカは正義を信奉してはいたが、それがいかに脆弱なものであるかも理解していた。理解してなお、それを通そうとした。正義を通そうとする度に、別の正義や悪意、またはそのどちらでもない純然たる意思によって打ちのめされてきた。打ちのめされて尚……ミカは諦めなかった。諦めるという考え方そのものが最初から存在しなかった。なぜなら、彼女の信じる正義というのは、彼女の外側にあるものではなかったから。
 どんな世界にも本当の正義や悪などは存在せず、矛盾と混沌だけが広がっていることを彼女は知っていた。それ故に、自分の中にある筈の正義を信じた。それ以外には何も……何も信じられるものはなかった。
 眼前に旧校舎が見えてきた。ミカの焦りはますます膨らんでいく。
 今この中で桃子の正体を知っているのは自分だけだが、リリィならば気付いてしまうかもしれない。問題は、気付いたリリィが桃子をどうするかだ。
 最悪の場合、リリィは桃子を始末しようとするだろう。その時自分は、果たしてどちらに付くべきなのだろうか。
 ここから図書館の扉を開けるまでの間に考え、結論を出さなければならない。ミカは内心の迷いをおくびにも出さず、毅然と胸を張って歩き続けた。それはささやかな強がりであったが、彼女にとっては譲れない正義の姿なのだった。