ripsh


携帯らっと
11-4



 「ちゃんと食事は摂っているんですの?」
 リリィは隣を歩くゴルドを見上げながら言った。
 「もちろん。寮の食事はやたら豪華でね、毎日パーティーみたいだよ」
 ゴルドは小さなリリィの歩幅に合わせてゆっくり歩きながら答えた。
 「それはよかったですわ」
 リリィは笑顔で言ってから、少し真面目な顔になった。
 「でも、そちらではなくて」
 「血か……できる限り抑えてはいるけど。それでも半年に一度は摂らないと駄目みたいだ。まあ最近は金さえあれば輸血パックみたいな便利なものが手に入るし、問題はないかな」
 ゴルドのこの言葉は半分嘘だった。
 ヴァンパイアが人の血を欲するのは栄養のためではない。昔は栄養のために血を吸っていたヴァンパイアもいたが……そういった血統は皆滅ぼされてしまった。人間への害が強過ぎたために駆逐されたのだ。生き残ったのは、人間の血以外からエネルギーを摂取できる能力を持つ血統だけだった。
 しかし、それでも彼らは吸血鬼だった。吸血衝動は、人間にとっての性欲に近いものがあった。保存しておいた血をグラスに注いで飲んだり、動物の血を酒に混ぜて飲んだりするのは言わば自慰行為であり、真に心を満たすためには、生きた人間の皮膚を自らの牙で突き破り、相手の鼓動や体温を直に感じながら、溢れ出る温かい血液を飲み下す必要があるのだった。
 リリィは当然そのことを承知していたが、その上で何も言わず、ゴルドに優しく微笑んだ。ゴルドもその微笑みの意味を理解していた。
 「あなたの方はどうだい? 例の目標は……」
 「まだ、百年周期くらいで強い発作が来て、その時はどうしても血を飲まなければなりませんわ。でももう少し。もう少しで……」
 と、そこでリリィは自分が酷く冷たい目をしていることに気付き、両手で頬を軽く叩いた。
 「……これは私が勝手に追い求めていることなのだから、ゴルド、貴方まで無理をして付き合う必要はないんですのよ」
 「その台詞も久しぶりだな」
 ゴルドは笑った。
 「でも、何度言われようと僕は同じ答えを返すよ。僕も勝手に付き合っているだけなんだから、気にしなくていいんだ、リリィ」
 「もう、この子は……」
 リリィは困ったような声で言いながらも、とても嬉しそうに、にっこりと笑った。
 「ねえマート、肩車して?」
 突然、まるで年相応の少女のように無邪気な笑顔を見せたリリィに、ゴルドは曖昧な表情を返した。リリィは時折、こうしてゴルドのことをマートと呼ぶ。しかしゴルド自身はその名に覚えがないのだった。それが誰なのかリリィに尋ねたこともあったが、ゴルドをマートと呼ぶ時のリリィはまるで本当の子供に戻ってしまったかのようで、質問の意味がわからないといった様子で首を傾げるだけだった。
 「肩車って年でもないだろう」
 適当な言葉を見つけられなかったゴルドは、仕方なしにやんわりと断った。確かに彼女はそれに相応しい年齢から千年ほどオーバーしてしまっていた。
 「……どうして?」
 しかし、今の彼女の仕草や言葉は、どう見ても見た目通りの小さな女の子そのものだった。上目遣いでゴルドを見上げている大きな瞳が潤む。
 ゴルドは後ろを歩く二人の視線が少し気になったが、リリィの脇の下に手を入れてひょいと持ち上げると、自分の肩に乗せた。リリィは可愛い歓声を上げた。
 「高ーい……」
 「相変わらず軽いなあ。風で飛んでしまいそうだ」
 ゴルドはリリィを乗せたまま歩いた。一歩進む度に、少女の湿ったように艶やかな黒髪が、ふわりと広がっては纏まる。
 はしゃいでいたリリィは、いつの間にか静かになっていた。
 「お気に召しませんか、お姫様」
 「いいえ。思い出していたのですわ、色々と……」
 その声は、何も知らない無邪気な子供ではなく、千年を生きるヴァンパイアのものに戻っていた。
 「やっぱり、この視点から見る世界は素敵ですわね……」
 ゴルドにはリリィが何を思っているのか分からなかった。ただ、ヴァンパイアになることで永久に失った未来に思いを馳せているのかもしれない、と思った。