ripsh


携帯らっと
18



 ぴよらっとが機械兵に襲われたのとほぼ同時刻。
 リリィは町外れの廃屋にいた。
 かつては農具などを置いていた小屋なのだろうか。年月を感じさせる安っぽい合金の屋根と壁は真っ黒に変色し、虫食いのように穴が空いていた。中にあるものと言えば枯れ草と、後は焼け焦げた木の棚のようなものだけだ。
 辺りが闇へと落ちていく中、リリィは小屋の隅に小さな体を横たえて、束の間のまどろみに浸っていた。
 先日、ねぐらにしていた学校の空き教室が臨時倉庫として開放されてしまったため、やむなく彼女は坂を下りて人気のない住処を探さなければならなくなった。そして方々歩き回った結果、火災に見舞われたような曰くありげなこの小屋を見つけたのだった。
 ヴァンパイアは夢を見ない。しかしリリィは確かに夢を見ていた。人間の頃の幸せな夢。ほんの少しの間だけ家族だった人たちの夢。恐ろしく長い時間を経てもなお鮮明に思い出せるのは、彼女たちが今もリリィの中に生き続けているからに他ならない。
 幸福な追憶はしかし、無遠慮な気配によって断ち切られる。
 リリィは目を開いた。
 日が落ち、小屋の中は濃い闇に飲み込まれつつある。
 闇は、ヴァンパイアの瞳に優しく馴染んだ。

 リリィが外に出ると、小屋を取り囲むようにしてひしめいていた機械兵達の視線が集中した。その数およそ百。
 一瞬の間。
 機械兵達は、一斉にミサイルと榴弾を放った。開幕から遠慮なしの全弾発射である。
 リリィの姿は小屋ごと爆炎に包まれた。凄まじい熱と、音と、土煙。
 最前にいた機械兵はレーダー類がすっかり利かなくなっていたが、後方で観測の役割をしている機械兵からのデータリンクにより問題なく攻撃を続けられていた。着弾点付近から飛び出した人影はいない。
 永遠に続くかに思われた爆発音は、数分の後に十分な余韻をもって途切れた。機械兵達の弾薬が底をついたのだ。もうもうと立ち上る土煙の中心を、機械兵達は不気味に沈黙したまま見守っていた。
 やがて観測役から全機械兵に情報がリンクされた。ターゲットの生死は不明。しかし攻撃前にターゲットがいた位置に詳細不明の物体が発生している。
 土煙が晴れ、機械兵達のレンズに映ったのは、大きな白い巻貝のようなものだった。
 リリィがいた場所の近くは爆発の衝撃で地面が抉られ、雑草の一本も残らぬ無惨な状態となっている。小屋は跡形もない。
 しかし巻貝の内側、リリィが立っている場所は無傷だった。まるでそこだけ空間を切り取ったかのように。
 それは比喩などではなかった。
 リリィの首飾りから生まれたシェルターはその殻の内と外を完全に隔離し、爆風も熱も光さえも届かない全く別の空間を作り出していた。そこは完璧な暗闇の世界だった。
 唐突に、溶けるようにして闇が消えた。
 巻貝が消え、代わりに現れたリリィの姿を見て、機械兵達が殺到した。弾薬は全て尽きている。捕獲網やゴム弾、スタングレネードなどは残っているが、それよりも有効な攻撃手段が彼らにはあった。強硬な装甲と重量を生かした体当たりである。原始的な攻撃だが、複数の機械兵が四方八方から押し寄せれば、その中心にいる者は原型を留めることすら出来ないだろう。
 彼らは地面を滑るようにして加速し、円が狭まるにつれて互いに折り重なりながらターゲットへと迫った。空に逃げることもかなわぬ密度である。
 あわや衝突というその時、周囲一帯の空気が恐ろしく震えた。
 次の瞬間、リリィに群がっていた機械兵達は全て空中に打ち上げられていた。
 くるくると回転しながら多脚が四散していく。ボディからはレンズが飛び出し、厚い装甲は層が剥がれるように分解され、内部機構が噴水のように空に散らばる。
 一瞬で空を埋め尽くした鉄屑の雨が、乱雑な音色を奏でながら地面に降り注いだ。当然のようにリリィの周りにはネジの一本さえも落ちることはなかった。
 残されたのは、機械兵達の中で突撃に加わらなかった観測役の二体のみ。彼らは事態を把握すると、素早く退却を開始した。しかし、少しも移動しないうちにその脚は動きを止めてしまう。故障や障害物によるものではなかった。体を動かすための回路が外部から遮断されているのだ。
 不意に、彼らの体は見えない糸に引っ張られるように浮き上がった。そしてそのままクレーンゲームのように低空を飛行し、リリィの足元にどさりと落ちた。機械兵は自分たちを見下ろすリリィの姿を複眼のレンズに映した。
 いつの間にか体の自由は完全に奪われている。もしも彼らに感情があったならば、その時感じたものに恐怖以外の何があっただろうか。
 幼い姿をしたヴァンパイアは無慈悲な表情で、その小さな手を無抵抗な玩具へと伸ばした。