ripsh


携帯らっと
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今日も桃子は図書館の受付に座っていた。
この図書館には委員は一人しか配置されていなかったが、わざわざここを利用しようという生徒などほとんどいないため、受付作業から本の整理まで、一人でも十分に事足りるのだった。
あらかた雑用を済ませた桃子は小さく息をついて受付の椅子に座ると、先ほどから一つの机に集まって何か調べものをしているらしい三人組にそれとなく目を向けた。
一人はふわふわした明るい髪が印象的な少女、もう一人はこれといって特徴のないショートカットの黒髪の少女、最後の一人はポニーテールに眼鏡をかけた冷たい印象の少女だった。
小さく聞こえてくる会話によく耳をすませてみると、ほとんど話しているのはふわふわ髪の少女だけで、ショートカットの少女は時折相槌を打つ程度、ポニーテールの少女に至っては、まるで彼女だけが無関係とばかりに完全に口を閉ざしており、他の二人を冷徹に監視しているようにすら見えた。
桃子は、聞こえてくる言葉の断片を拾い集めて、彼女たちの関係を想像してみることにした。特に読みたい本が見つからない時や、本を読む気分になれない時、桃子はしばしばこういった退屈しのぎの思考遊びをするのだった。
まず、「歴史」という言葉が頻繁に聞き取れた。彼女たちは歴史について調べているらしい。
何の歴史だろうか。この学校、この地域、あるいはこの世界の?
授業の課題なのかもしれない、と桃子は思った。例えば社会科の授業で、グループを作ってあるテーマについて協力して調べ、発表するという課題……十分に考えられることだ。
桃子がそんなことを考えていると、今まさに思っていた通りの「発表」という言葉が耳に入った。おそらく、これで自分の推理はほぼ間違いないだろう。それならば性格が合わなそうな少女たちが一つの机を囲んでいるのにも納得がいく……桃子はそう思った。
桃子はため息をひとつついて、視線を窓の外へと向けた。
赤い夕日が紅葉を照らして、目に飛び込む全てが赤になる。これまで何度この景色を見たかわからない。
桃子の三人組の少女たちに対する興味は、もうすっかり失せていた。
軽い失望と少しの後悔を覚えながら、それらは深い諦念によって速やかに鎮められる。こうした一連の流れも桃子にとっては日常だった。
気を取り直して何か本でも探そうと立ち上がりかけた桃子の耳に、入り口の扉の開く音が聞こえた。
浮いた腰を再び椅子に下ろして扉の方を見ると、先日渡した紙袋を持ったぴよらっとが入ってくるところだった。
ぴよらっとはまっすぐに桃子の元まで歩いてくると、耳を器用に使って紙袋をカウンターの上に置いた。
「返却、お願いします」
桃子は無言で紙袋を引き寄せて中に手を入れた。ごそごそと本を探る手の動きが、ぴたりと止まった。本とは違う感触が指先に触れたのだ。
桃子は腰を上げて紙袋の中を覗き込んだ。ビニール袋に包まれた二冊の本と一緒に、細長い紙の箱が一つ入っていた。
立ち上がることでカウンターの下のぴよらっとと視線が合った。桃子は、無言のまま目だけでぴよらっとに尋ねた。
「それはお礼です」
と、ぴよらっとは言った。
「今日、調理実習で作り過ぎてしまって。怪しければ捨ててもらっても構いません」
箱からは甘い香りがほのかに漂っていた。二冊の本がビニールの袋でしっかり包まれているのは、においが移らないようにするためだろうか。
桃子が紙の箱を取り出して開封すると、ずっしりと重いパウンドケーキが出てきた。
こんがり良い色に焼けた表面に、ナッツやドライフルーツなどが見え隠れしている。桃子のお腹がキュゥと小さく声を上げた。
「……太らせてから、食べるつもり?」
「ぼくは人間は食べたくありません」
夕日に照らされた桃子の頬が少し緩んだように見えた。
「よかったら、ご家族で召し上がってください」
ぴよらっとが言うと、穏やかだった桃子の微笑に寂しげな眼差しが浮かび、ぴよらっとの黒い瞳を捉えた。
「父はあまり甘いものが得意じゃないから……」
家族と言われて父親のことだけを話す桃子に、ぴよらっとは他人が気軽に触れるべきでない事情を察して、話題を変えようと言葉を接いだ。
「量が多いようでしたら、ご友人とでも……」
そこまで言って、桃子が変わらず寂しげに自分を見詰めていることに気付き、ぴよらっとはその先の言葉を失った。
彼女には、いないのだ。そんなものは。
「今日も、調べものをしていくの?」
気付くと桃子はいつも通りの無表情に戻っていた。
「はい。また何冊かお借りするかもしれません」
「そう。頑張ってね」
ぺこりと頭を下げて本の群れの中に入っていくぴよらっとを、桃子は無機質な瞳で見送った。