一. 彼女が剣師としての自覚を持ったのは、件の過剰防衛事件の後だった。 自らの身に起きた事柄に覚えるのはただ戸惑いのみ。 足元が崩れたような不安に眠れぬ夜をいくつか過ごした末に、彼女は幻を見た。 初めてマーガレットと出会った夜である。 彼女の声を借りてマーガレットは語る。 我は全てを殺す者也。 全ての剣師は我を目指さねばならぬ、と。 夜明け頃、彼女は自らの境遇について全ての説明と了解を得た。 自らの身は人間でありながら同時に剣師であること。 剣師は万物に宿ること。 剣師は引かれ合うこと。 そして殺し合うこと。 彼女は自らを木炉と名乗る。 それは、とても愚かなモノという意味。 木で組み上げられた炉は、一度火を放てば己自身を燃やし尽くす。 自身の境遇に対する嘲りと、諦念にも似た覚悟を込めた名であった。 彼女の剣は酷く不器用だった。 凡そテクニックというものが欠けていた。 剣師としての目覚めが遅かったためか、心を殺してしまったためか。 かつて木々に刃を入れていた頃に無意識に扱っていた加護や回復の力は見る影もなかった。 手に在るのは、忌まわしき記憶を伴う斬撃のみ。 後は、退くことも守ることも知らず、ひたすら筋力を鍛え上げた。 一も十もなく全力で斬る。 それで斬れねば殺されるだけだ。 彼女はずっと殺されることを望んでいたのかもしれない。 二. 食い込む剣の手ごたえに生命を感じた。 降りかかる赤い飛沫に輪廻を連想した。 ただひたすらに斬る。 目の前に在る命が尽きるまで。 もう二度と戻れない、なんてことは、別に特別珍しいことではなくて。 あらゆる日常は巻き戻せないことを知っていた。 不意にその『場』は現れた。 すなわち剣師同士の死闘の場である。 或いは、多くの剣師が同時に落とし穴に落ち、幾度の枝分かれを経て選ばれた二人が、同じ空間に降り立ったと言うべきか。 木炉の思考に乱れはない。 理由は単純、最初から斬る以外の手など持ち合わせていないのだから。 どうやら相手は学生服を着た少女。 どこか臆病に震える瞳は、見る者の嗜虐心をくすぐるようだった。 木炉がそれを認識したのは、有無を言わさず繰り出した高速の斬撃が相手の肩口から腰までを切り裂いたのと同時である。 相手の少女は苦痛に悶えながらも剣を構えた。 風を纏う加速の剣だろうか。 遅れて木炉は二つ目の斬撃を浴びせる。 しかし鈍い手応え。 剣が厚い空気の層に阻まれ、重く押し返されるような感触。 力任せに斬り抜くも、威力は初撃のそれと比べると明らかに落ちていた。 少女は交差した二つの傷から大量に出血しながら、尚も剣を構えたまま動かず、その周りの空気はいよいよ渦巻いている。 空気の摩擦、少女の体に宿る確かな熱があった。 木炉は思わず目を見張る。 少女の瞳は既に、最初に感じた臆病者のそれではなかった。 命を賭し、不器用ながらも剣を扱うその姿は自分に似ているような気さえした。 「生きたい」 渦巻く風の中である。 声が聞こえたわけではない。 しかし木炉には少女の唇がそう動くように見えた。 ハッと我に帰る。 少女の言葉がそのまま自分の言葉であるように感じられ、背筋に冷たいものが走った。 この一瞬に留まってはならない。 この一撃をためらってはならない。 三度目の斬撃を受け、ついに少女は崩れ落ちる。 風は止んでいた。 三. 戦いに勝利した夜、木炉は二度目のマーガレットとの邂逅を果たす。 しかしその姿は、初めて出会った夜に比べてあまりにも生々しかった。 彼女はマーガレットではないような気さえした。 じっと瞳を見つめると、今日戦ったあの少女が重なるようだった。 彼女は木炉に力と預言を与えた。 次に戦う相手について。 双方に平等に、力と情報が与えられることを知った。 そして、今日、あの場所で行われたのと同様の戦いがあったことを、そしてその詳細までも、全てが頭の中に流れ込んできた。 巨大な掌が握る猛毒の短剣が覆面の剣師を刺し殺した。 魚型の兵器が食材剣師特有のバトルフィールドに墜とされ、破壊し尽された。 赤髪の女剣師がアザラシのような剣師の攻撃をことごとく防ぎ、たった一撃で急所を突いた。 明らかに故障している巨大な人型の機械が、死者の世界より蘇った女剣師と壮絶な吹き飛ばし合いの末に生き残った。 北方の忍者が巨大なゴーレムの質量に任せた落下攻撃を跳ね返したが、しかしゴーレムの鏡のような肌に威力をもう一度跳ね返されて圧死した。 からくりで出来た剣師は原初のマグマを盾で防ぎながら絶対の剣にて大岩を粉砕した。 あらゆるものを憎悪する白きメイドが、主を失った赤き二刀を地平の彼方まで吹き飛ばした。 巨大な爆弾を抱えた少女は目の前に現れた幻の氷姫の攻撃を、存在を、全てを拒絶し、最後は自らの手で止めを刺した。 悪魔の力を扱う少女は、十字剣を扱う魔法剣師の水の魔法を跳ね返して活路を見出した。 狂気の刀匠に目を付けられた不幸な少女は、しかしその剣によってクローン剣師の四肢を封じて勝利した。 目も耳も心も閉ざした剣師が張る防壁に、重過ぎる斬撃を四度跳ね返されようとも、殺しても生き返る身体を三度殺し、最終兵器はその力を示した。 特殊な剣で空気の振動を操る二刀の剣師は、不死身の剣師が蘇生するための前提を断ち斬った。 意思を持った魔剣は不幸な兎剣師を容赦なく切り刻んだ。 主を探しに来たアンドロイドの剣師を、笑顔が張り付いた紳士人形の剣師がステッキでボッコボコにした。 赤い甲冑を身に纏った剣師は、戦いが始まってなお命乞いをする女剣師と数合打ち合った末に、隠し持った必殺の剣であっさり息の根を止めた。 虫にさえ怯える幽霊のような剣師は、恐怖そのものが形となったような正体不明の剣師を見た途端に半狂乱となり、無茶苦茶に剣を振り回して相手を切り刻んだ 大きな嘴を持つ鳥の剣師を序盤に圧倒したのは自らに恋をした少女であったが、僅かに生まれた隙を抜け目なく突き、鳥の剣師が戦局を引っくり返した。 裕福な生まれであろう幼い少年を、フードを被った女剣師が無言で切り捨てた。 能面のように白い顔の剣師は、ついに立ち塞がる少女を模した鋼鉄の壁を打ち崩すことが出来なかった。 今にも自ら手首を切らんとする剣師はナメクジ剣師との激しい打ち合いの末に僅差で競り勝った。 純朴な少女は戦いの中で成長し、不敵な笑みを浮かべる花のような剣師を見事打ち破った。 腕にエンジンを仕込んだ剣師が呪いの少女を封じ込めた。 息絶える寸前の兎が一瞬でエンジンを仕込んだ剣師を葬った。 呪いの少女もまた、兎の高速の剣により呪いが発動する前に意識を断たれた。 猫・拳・剣といった混在する情報が具現化した剣師と巨人のような剣師の戦いは時間切れとなり勝負が付かなかった。 そして電撃を操る剣師がその双方を封殺した。 剣師の意識が具象化した花の前に、小さな蟲のような剣師は抗えず、巨大にそびえる壁もまた崩れ落ちた。 小さな蟲の剣師は壁を越えようと挑むも、それを達成することは叶わなかった。 何者かの恋と憎しみが具現化した剣師が男装の剣師を磔にした。 甘い物好きの剣師は恋と憎しみの権化が力を増幅する前に刺し殺し、その足で男装の剣師も切り捨てた。 ある人間の思念が創造した奇形の楽団が筒井さんの攻撃を全て打ち落とした。 対峙する者の姿を映し返す紫の剣師はその鏡を構築する前に筒井さんの毒を受け、死に至る一撃を放つ前に毒が全身に回った。 しかし奇形の楽団は紫の剣師に自らの攻撃を全て跳ね返されて朽ちた。 不思議な模様を刻む少女は魔法使いの連弾が直撃して蒸発した。 闇夜を告げる剣師は自らの命を複製して魔法使いの攻撃をやり過ごし、不思議な模様の少女の攻撃を無効化して勝利した。 重装の剣師と元聖者の剣師は、見事マーガレットに至る境界線の一つを乗り越えて見せた。 重装の剣師は元聖者の剣師から必殺の剣を受け一度は命を落としたが、予め用意していた補助電源で息を吹き返し、巨大な剣で元聖者の剣師を叩き潰した。 サングラスの剣師は全く何も考えていない剣師を切り捨てた。 仮の姿を得た混沌の剣師は全く何も考えていない剣師とサングラスの剣師の命を一瞬にして奪い去った。 狂気の天才科学者に改造された少女は恐怖の殺人鬼を倒しその性能を見せ付けた。 しかし装甲破壊に特化した剣を携える鬼の剣師になす術もなく敗れた。 また鬼の剣師は、殺人鬼も同じ鬼ということで叩き潰していったらしい。 大きな爪を持つ動物剣師はその爪で意思を持つ種をくり貫いた。 ウサミミ剣師はワニの剣に種を飲み込ませた。 大きな爪の剣師はウサミミ剣師の兎耳が着脱可能であることを看破して勝利した。 木炉の相手に充てられたのは、太古の大岩を砕いたからくり剣師。 互いの手は全て明らかになっている。 読み合うのは、マーガレットと思しき少女から得た力の使い道。 木炉は膝を抱えて座る。 頭をゆっくりと膝の上に乗せて目を閉じた。 座っている自分を高いところから見下ろすイメージを繰り返す。 イメージが固まったら自分を地上に降ろし、座っている抜け殻の自分に剣を向ける。 剣を握る自分の姿は既にからくり剣師そのものである。 座っている抜け殻から、もう一人、スッと幽霊のように木炉が抜け出してこちらに剣を向けた。 この夜の下に、木炉は三人いた。 からくり剣師の姿をした木炉、それと対峙する木炉、その後ろで膝を抱えて眠っている木炉。 木炉が高速の斬撃を繰り出す、衝撃波を放つ、剣に毒を塗布して腐食させる、魔法の剣を放つ。 からくり剣師が盾で受ける、装甲を強化する、攻撃を跳ね返す、絶対の剣を放つ。 その激しい応酬が十五戦を数える頃、夜は白々と明け、木炉は薄っすらと目を開けた。 四. 青天、時間の流れが極めて遅くなる日和である。 三十二名の剣師が一堂に会していた。 これだけの数の剣師が集まることはそうあるものではないが、それにしても彼らの具合は輪をかけて奇妙だった。 それぞれが特定の相手だけを注視し、他の者には目もくれない。 それは木炉にしても同じことだった。 彼女の目の先には、同じように彼女を見返すからくり剣師。 初めて対峙する相手なのに、何故か懐かしさと親近感を覚えていた。 考えてみればそれもそのはず。 既に飽きるほどに剣で語り合った仲だ。 あの夜戦ったからくり剣師は木炉の作り出した幻影だったが、相手も同じように木炉の幻影と戦っていたであろうと確信できる。 この場に集められた二人は、顔を合わせる前から深い縁を得ていたようだった。 さて、彼らはただ顔を合わせてじっと押し黙っていた訳ではない。 戦いは既に始まっていた。 彼ら自身は気付いていたかどうか。 この会場を外から見る者がいたら、三十二名の剣師が二人ずつ、次々と消えていく様を目にしたに違いない。 濃く青い空を見上げ、首筋に風を感じ、木炉は少しだけ目を閉じる。 「…ああ、そうだ。そういえば、機械はまだ斬ったことがなかったな…」 既にその場の人数は半分になっていた。 木炉が目を開け、視線を戻すと、辺りの風景は一瞬にして変貌した。 枯れた木とむき出しの岩肌、重い雲のフィルターに遮られ、日光さえ錆付いたような色に見える。 荒野であった。 最初の戦いと同じ、予備動作のない、殺意さえ後から追いつく高速の剣が堅いボディに食い込む。 しかしからくり剣師は読んでいる。 驚異的な自己修復、そして片腕に盾を構築し、脚のブースターに火が入った。 更に全身を輝く装甲が覆い、機械組織の密度は充実していく。 小さなボディに圧倒的な存在感が宿った。 既視感? 否、そうではない、しかしその通り。 あの夜の戦いの中にも、確かにこのような展開があったからだ。 一手遅れ、木炉は二刀を構える。 右手には使い慣れた白い刃。 左手には磨かれた日本刀のような美しい刀。 放った斬撃は、予想通り鏡の装甲に弾き返された。 木炉の肉体は通常の人間と殆ど変わりない。 刃物で斬られれば簡単に死んでしまう、脆いものである。 だからこそ、跳ね返される斬撃を予測し、左手の刀で受けた。 美しい刀身は粉々に砕け散るが、その破片が空中で再び一つになり、向かってきたのと同じ速度で相手を斬り付けた。 からくり剣師の盾が吹き飛ぶ。 しかし、そのボディについた傷はごく浅い。 派手に割れた盾は、斬撃の威力を十分に殺すことに成功したようである。 左手の盾を瞬時に修復し、更に回路の回転速度を上昇させたのか、全身から熱気が迸る。 右手に持つ岩をもバターのように切り裂く絶対の剣が木炉の頬をかすめた。 木炉は咄嗟に飛び退くも、膝がガクリと折れた。 かすっただけなのに…木炉は自らの脆さに呆れて笑う。 気を取り直して立ち上がり、再び二刀を構えた。 これは今まで使っていた斬撃の剣でも、先程の刀でもない。 無骨な赤い刀身。 そう、それは、たった今目の前の剣師が突き出して見せた、絶対の剣そのものである。 からくり剣師の体組織は既に鋼鉄。 斬撃が意味を成さないレベルに迫りつつあることは明白だった。 だからこそ、一切の装甲を貫く絶対の剣にて斬る。 一撃で盾を破壊し、二撃目でボディを貫く。 やったか…? チラと相手の顔を見上げようとした瞬間、腹部に熱が走った。 からくり剣師の絶対の剣もまた、至近距離の木炉を貫いていたのである。 この時点で、木炉は一旦距離を置くという選択を捨てた。 残るはどちらかが倒れるまで続く、絶対の剣による斬り合いだけだと。 もう一撃、驚くべきことにそれは再び盾に阻まれた。 この盾は一体何なんだ? どれだけ破壊しても蘇るのか? しかし連続で放たれる二撃目には対応できないらしく、赤い刀身が鋼鉄のボディに呑み込まれる。 会心、しかし、木炉の口から夥しい血が吐き出された。 腹部に突き刺さった剣が胸に向かってずぶずぶと斬り上げられてくる。 まだか? まだ壊れないのか? どれだけ打ち込めば止まってくれるんだ? 体内に潜り込んだ蛇が肉を食い破りながら上ってくるみたいに、絶対の刃は骨も筋も構うことなく切り裂いて、心臓まで後一歩のところに来ている。 しかしその剣を握るからくり剣師の姿も、鉄屑と言っても差し支えないほどに破壊されていた。 それでもなお彼が動くのは、そこに込められた魂の欠片、生きようともがくが故になせる業か。 木炉は冷たくなっていく自分の身体に死を感じた。 とうの昔に覚悟していたはずなのに、死を望んでいた自分はどこへ行ってしまったのか。 押し寄せる問答無用の恐怖、感覚の消えかけた腕が無理やり振り下ろされた。 からくり剣師の体からは一気に蒸気が噴出している。 彼に込められた魂の欠片であろうか。 木炉はゆっくりと、崩れるように、その鉄屑の上に身を投げ出した。 五. 目を覚ました女性は、木製のベンチに座っていた。 平石を敷き詰めた道の両脇に、緑の葉を茂らせた木々が並んでいる。 葉の隙間から陽の光が幾筋も落ちている。 ここは道の途中に設けられた休憩所のような場所である。 道の向こうには建物が見えた。 それは教会。 彼女の帰るべき場所。 この道は教会と街とをつなぐ一本の道であり、その入り口と出口にはこう書かれている。 『祈りの路』 一つため息をつき、彼女は追想する。 夢の中で血まみれになりながら戦っていた少女は、自分に良く似ていた。 後ろで束ねた髪を解き、眼鏡を外したら、確かにその姿は酷似していたかもしれない。 彼女はよく夢を見る。 それはいずれも自分自身の夢でありながら、まったく知らない世界にいて、自分とは凡そかけ離れた経験をしている。 彼女はそれを、ユニットである自分特有の現象と捉えていた。 自身がユニットと呼ばれ、戦うためのものであることを、彼女は幼い頃に理解した。 (夢の中の少女とは違う) 一度は深く絶望したが、それでも時間は止まらない。 それでも肉体は生きようと様々な欲求を訴えてくる。 (つまり、自分が思う自分なんて海の上に見える氷と同じで、ちっぽけなそれの判断だけで水面下の巨大な氷塊をぶち壊しにしていい道理なんてないんだ) 幼い頃に心理学の本か何かで読んだイメージが彼女を前向きにした。 ところで、彼女の名前は祈路という。 この『祈りの路』で拾われた所以である。 彼女も最初は教会で教えられる祈りなどが嫌いだったが、自らの役割を知ってからは積極的にその宗教を信仰するようになった。 (知らないこと、理解できないこと、未知は不安となり、恐怖となる。宗教は、人々のそういう部分をカバーする役割を持っている。だから私はそれを活用する。) 教会にはたくさん世話になり、学校に入ることも卒業することもできた。 少しでもその恩を返すために彼女は花屋で働いている。 彼女は花が好きだった。 菊も、アマリリスも、水仙も。 仕事だけでなく、教会に間借りしている自室も花でいっぱいで、それらの世話をするのが何より好きだった。 幸せとは、こうして何かのために、誰かのために身体を動かしている瞬間のことなのではないか、と彼女は思った。 祈路はベンチから立ち上がると、教会へ向かって歩き出した。 今日は日曜日である。 六. 「少し、出掛けてきます。今日は遅くなるかもしれない」 「泊りがけになるかもしれないから、その時は、シスター。すみませんが、私の花に水を…ええ、すみません、ありがとう」 「それじゃ…行ってきます」 (私たちが人に許すように…私たちの罪をお許し下さい…) そして。 祈路の眼前に巨大なゴーレムが降り立った。 その数は四体。 中心に座す操縦者が豆粒に見えるほどの大きさである。 手に持つ数々の武具は、神話に謳われた神の盾や槍であろうか。 操縦者が剣を指揮棒のように振るうと、その巨体では考えられないほどの速度でゴーレムが舞い踊る。 祈路は無意識のうちに胸のロザリオを握り締め、自分自身のために祈りを捧げた。 そして、今まで自分のためにしか祈れなかった罪の許しを請う…。 七. 教会の周りには、たくさんの花が咲いていた。 それはかつて彼女が育てていたもの、シスターが買い足したもの、街の人々から贈られたもの、その種から生まれたもの… ほとんど野生化してしまったように増えた花々は、祈りの路を抜けて教会を訪れた人の心を少なからず慰めた。 幸せを求め続けた少女は、もう既にたくさんの幸せを得ていた。 咲き誇る花々がそれを肯定しているように見えた。 了